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クリス智子 クリス智子
クリス智子

もしも動物に噛まれたら

CHRIS TOMOKO

もしも動物に噛まれたら

CHRIS TOMOKO

 ロイヤルミルクティーを片手にソファーに座っている。ドトールのこれが好きだ。頭上後方には緑の葉が揺れ、吹き抜けの大きなガラス窓からは、12月の真昼の太陽の光が降り注ぐ。年末のここにきて、こんなふうにゆっくり時間があるなんて、ありがたいような気すらする、病院の待合室。12月30日、内科診療の外来受付は11時半で終わったとのこと、救急窓口に誘導された。症状はまるで救急でないのと、2〜3時間待ちのお達しに一瞬クラッときたが、今日は急ぐ必要もないから来たのだ、待つ待つ全然待つ、とロイヤルミルクティーと本を片手にソファに座った。病院のソファは、ほどよく硬くて拭きやすい。うちのソファも、もう少しかたくてもいいなと思ったりした。

 最近の病院は本当にきれいだ。院内表示の〇〇科、〇〇センター、救急室、レントゲン室、売店。フォントが新しいところもいいし、昔ながらのも個人的にはささる。昔は折り紙の飾り物などはあった記憶があるが、最近はたくさん絵画が飾られている。かつて母が看護師だったこともあり、いまだ私は病院の空気自体にどこか親しみを感じてしまう。医療従事者やその家族ときくと、勝手に親近感を持ってしまう。それぞれの家族の協力がなければ、医療は成り立たないということは、今なお変わっていないだろう。助けなければならない人は常に外にいる。小学校の頃は、夜勤で大変な母を喜ばそうと、学校から帰ったらクッキーを焼いてバスに乗って届けに行ったこともあった。忙しそうに動く病院のスタッフ、それぞれの体調の悪さを抱えている人たち。私は、そんな病院の廊下をできるだけ静かに、縫うように歩いた。帰りのバスは、いつも長く感じられた。なにを感じ考えていたのか、よく覚えていない。

 冷めないうちに、とミルクティーを飲んでいたら、入れるのを迷っていた特製のシロップなんか入れる間もなく飲みきってしまった。いつもそうだ。ハニーなシロップは、私の身体になかなか入らない。名前はまだ呼ばれない。やっぱりラージサイズにしておけばよかったか。読んでいた本から少し目を離し、目の前にちらつく大画面を見やる。「鼻血の適切な止め方」を紹介していた。だいたいの人がやりがちな、上を向いて首の付け根を後ろからトントン叩くアレは間違いで、鼻の頭を指で摘んで下を向くと、ほとんどの鼻血は10〜15分で止まります、とクールに若いお医者さんが話していた。まぁまぁ長くかかるのね、と思ったりしながら、色々と思う。我々は、鼻から出ないと思っている血が出てくると焦って、来た方に戻そうと上を向いてしまうんだろうか?「上向いて!上!」というアレはまるで間違いだと、無音声で字幕で知らされる今、いかほどの人にこれは伝わっているのか疑問。さて、私も鼻血を最後に出したのはいつだろうと考えた。ん〜出さないよなぁ、鼻血なんて。あ、出たかも!友人宅のガラス戸に激突した時が最後ではなかろうか?!もう15年は前のことだ。たしかに、私は天井をしばらく眺めていた。あの時は鼻血以上に腫れの方に気がいったものだ。

 鼻血のことを思っていたら、画面の話題はいつの間にか「動物に噛まれたときの対処法」に移っていた。え?!たしかに動物に噛まれたら大変だ。痛いだろうし、菌も気になるだろう。はて、噛まれたことってあったかな?あったとしたら、さすがに忘れないよなぁ....犬を2匹飼ってはいたけど、ないな。噛んだことも...ないない!どうしてもこの話題で思い出すのは、ミネラル麦茶のCMに出ていらした女優さんが、ライオンに首を噛まれた話だ。80年代、ギブスをはめての記者会見は未だ脳裏に残っている。あの頃は、何かと記者会見が強烈だった。そのような状況はさておき、身近な動物に噛まれるとしたら、コミュニケーションどうなのよ、と他の問題を思わないでもない。画面の話題は、いつの間にか高血圧に移っていた。

 私以外の救急のソファーに座っている人は、それなりに調子が悪くて来ていると思われる方が多いようだから、どれだけの人が、万が一の鼻血や動物に噛まれた場合を考える余裕があるか、ちょっと不思議な気がしながら、名前が呼ばれるまでの時間をやり過ごしていた。こういう時って、何があるといいのだろう。中途半端に元気のある私は、病院の待ち時間の理想系を考える。ありきたりだが、どこか遠い国の海のリゾートの映像がヒーリングミュージック的なサウンドと共に薄く流れているのは、案外落ち着いていいなぁ、と思っている。病院にこそ、ヒーリングだ!鼻血より、海の青だ!と思う。マッサージ室も常々あったらいいのにと思うが、どうだろう。(昔から、ガソリンスタンドで洗車を勧められると迷うが、マッサージがあるなら、迷わずお願いする、と思っていたり、あちこちにニーズがあるように思うのだが...)診察前などには身体に影響が出て、かえって良くないのだろか。保険適用・適用外とかの問題があるのかもしれない。一杯のロイヤルミルクティーとソファでそれなりに時間を過ごし2時間をすぎた頃、やっと私の名前が呼ばれた。やっぱり呼ばれるんだ!と思いながら、診察は2分で終わり、市販より効きそうな薬と、万が一、動物に噛まれたり、大量の鼻血が出ることも人生の想定に入れながら、お会計。あぁ、小腹が空いた。元気になってきた証拠だ。そうだ、なんとなく食べそびれていた、アレを買おう。院内のコンビニ、あったあった。特選肉まん。レジでいつも目を奪われつつも、いまじゃない、と食べるチャンスを逃していたコレ。ハフハフしながら、動物の首にでも食らいつく勢いでガブリ。お腹が空いていたようだ。味はまぁまぁながら、とりあえず平穏にお腹も満たされ、車を走らせた。来年もいい年でありますように。鼻血も出ず、できれば動物に噛まれない1年でありますように。

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