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クリス智子 クリス智子
クリス智子

移動と拠点

CHRIS TOMOKO

移動と拠点

CHRIS TOMOKO

 鎌倉が生活の拠点になって6年半になる。その前の逗子暮らしの3年半を合わせると、134号線の海沿いでの生活は10年。それなりに基盤もできるわけだ。とりあえず住んでみて何か違ったら都内に戻ってもいいし、とフットワーク軽めに引っ越したが、案外早い段階で「海に近く、植生も豊かな場所」というざっくりしたキーワードで物件を探しはじめた。自然との近さはもちろんのこと、すれ違う人と人が当たり前に挨拶し合う空気に、自分が小さい頃の懐かしさを覚え、嬉しくなったことも大きかった。懸念するは、仕事のある都内への移動時間だったが、やってみると、波の音がする方に帰るのはエネルギーチャージしに帰る感覚が明確でもあり、思っていたほど苦でなかった。そもそも距離と時間で仕事を選んできたわけでもない。

 今は平日4日間、毎日往復4時間弱かけて都内に通勤しているので、東京に住んでいた頃の車で20分の移動時間からすると、生活のリズムは変わり、体力を要するのは事実だが、移動時間が好きなことを再認識できた。一つの点から点へ、電車の窓の風景が流れる中に身を置いていると考えがめぐる気がするし、駅や街を歩くだけでも、周りのものに無意識に反応しながら動いているので、じっと座っている時より自分の感覚や考えが心の表層にあらわれやすい。春に手にした茶道家・松村宗亮さんの著書「あたらしい茶道」で旅先でのエッセイのページに書かれてあった「発想力は移動距離に比例する」という言葉には合点がいき、そうであってほしいと思う。人は、動く生き物。移動し、身体を動かすことには、いい刺激と意味があるはず。この数年は、止むを得ず、移動すること自体を考え、控えるという経験をしたことで、自分の足下や拠点を見直すことができる時間でもあった。移動と拠点は、表裏一体。点と点とその間。動く日々に思うことを綴りながら、此処に集まって語らう場にしていきたいと思う。はじまりのはじまり。

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