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クリス智子 クリス智子
クリス智子

12月の海

CHRIS TOMOKO

12月の海

CHRIS TOMOKO

 海の近くに住むようになって11年半になる。逗子に4年半、鎌倉に7年。いまの鎌倉の家も海まで徒歩7分ほどなのだが、逗子時代は海が目の前、砂浜まで30秒という場所に住んでいたため、海を見ない日はなかった。一生に一度くらい、海の目の前に住んでみるのもいいなぁ、と思って決めた物件。子供はまだ2歳にならないころだったので、なかなか自由な時間ばかりではなかったけれど、海の景色と音がそばにある生活は想像していた以上にいいもので、またいつかとぼんやり夢に思う。

 この週末、その懐かしいマンションと海の間の道を車で走り、海近生活を少し恋しく思った。特に12月のあたたかい日に、そう思うのだ。逗子海岸に住んだことで、私はすっかり12月の海が好きになった。もし今も海の目の前に住んでいたら、異様にあたたかい今年の12月は、週末のたびにご近所さん家族と砂浜でバーベキュー三昧だったかもしれない。太陽をそのまんま浴びた砂浜は、裸足が心地よいほどに温かく、快晴の冬の日には富士山もくっきりお目見え。そんな、あたたかい砂浜と富士山は、12月ならではのお楽しみだった。

 楽しみといえば、海沿いに暮らすようになって生活にいろいろな変化があったが、日々の食材の楽しみ方が変わったのは大きい。逗子のころは、マンションの隣の方が生まれも育ちも逗子の方で、海洋調査の仕事をしながら、地元で船を持っていらしたので、朝からマンションの軒先で朝釣りの魚を捌いていたり、春にわかめが採れると、おすそ分けをくださった。この「春わかめ」は素晴らしい産物で、お湯に潜らせると深い緑色から瞬時に透明感を携えた鮮やかな緑色に変わるので、逗子に住むようになってから、私の中の春の色は、桜と春わかめ、になった。口に含むと、肉厚で磯の香りのするわかめは、もともと海藻好きの私にとっては大ご馳走。いつからか、毎年春になる頃に楽しみにしているものだったが、この数年は知人の漁師さんたちと話しても「採れないんだよねぇ..」と聞く機会が増え、時折耳にする「海が枯れている」を実感する。わずかこの数年での劇的な変化は、かなり残念だし、海の中のことが気になる。春に海沿いをドライブすると、わかめが干してある風景に出逢う。海のものが、陸の風に好かれている様は美しい。

 鎌倉に暮らすようになって、春はワカメに加え、筍が食卓のお楽しみに加わった。庭の筍、出る、掘る、食す。筍の土色や竹色は、力がすごい。目にするだけで、何かが心身に注入される。筍のために、山椒の木も植えた。(最初の頃は、うっかり山椒を買い忘れたりしたのだが、庭にあれば安心)一年を通して、地の様々な味を食す喜び。

 いまの時期は、柑橘が空から降ってくる。正確には鳥やリスが食べた残骸が地面に落ちてくる。人間も学び、今年は長い剪定ばさみを購入したので、落ち着いて収穫中。分け合いながら食べているところだ。週末は久しぶりに横須賀の方まで足を伸ばせたので、朝採れのキャベツ(150円)や大きなカリフラワー(180円)とともに、冬のお楽しみの三浦大根(680円)を購入した。安い。大きい。なにより新鮮。今週の食卓は、三浦大根祭り予定。三浦大根は水分が多いため、傷がつきやすく、あまり流通しない野菜の1つなので、冬にはわざわざ買いに行く。食べのがしたくない冬の味。三浦大根は、5kgほど(それ以上も)あるので、なかなか仕事帰りにちょっとスーパーで、でもない野菜。本腰入れて、お買い物に。さて、直径15cmほどの巨大田楽はやるとして、カリフラワーをポタージュスープにして、大根も入れたらどうだろう。一年の身体の疲れを労い癒しながら、12月後半のはじまりだ。

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