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クリス智子 クリス智子
クリス智子

ウルルの赤

CHRIS TOMOKO

ウルルの赤

CHRIS TOMOKO

 そろそろリフレッシュが必要だと思っていた、いつかの春。4,5日休みがとれそうだとわかり旅先を考えていたところ、オーストラリアのウルル(エアーズロック)の話を聞くことが重なった。ついでに数ヶ月前に「旅先の方角は南がいい」と言われたことを思い出し「よし、決まり」と弾丸ウルル。日本からケアンズに飛び、国内便に乗り換えて2,3時間。降り立った平屋のエアーズロック空港は赤い砂漠の中にあり、がっつり気持ちを持っていかれる風景が目の前に広がっていた。早くもリフレッシュ完了に思えたが、ホテルまでの道中、バスに揺られるたび、心身にこびりついていた何かが少しずつ振るい落とされていくのを感じていた。そして、ほどよく身体が自分らしい骨組みを取り戻したころ、視界に入ってきたアボリジニの聖地、ウルル。あえて先住民の呼び名で呼ぶが、エアーズロックという別名も腑に落ちる力強さがあった。(ウルル=自然崇拝の先住民アボリジニ族の言葉で「偉大な石」/ エアーズは、イギリスによるオーストラリア入植が行われた頃、イギリス人名に由来)

 赤土の地平線上には、それしか見えなかった。348mというウルルの高さは、自然の山などを想像するとあまり高く感じないかもしれない。また地平線が永遠なこともあり異様には思えないのだが、とはいえ、一枚岩のその迫力は想像以上に大きかった。神聖な地に登るものではないと崇める先住民と、そこに山があるから登ろうとする他所者。現地のガイドの方は、当時まだ平行線で未解決な現状と土地の歴史を少し話してくれた。(その後、2019年に登頂禁止になったよう)私がその時に一緒だった人たちは、ただ静かに遠くから”眺める人”ばかりだった。私も寝坊しながらギリギリ参加した早朝のバスツアーでは生まれたての朝陽が昇るウルル、夕刻にはシャンパン片手に名残惜しそうに太陽の沈んでゆくウルルを眺め、くっきり浮かび上がるウルルの縦の地層は、ずっと見ていても飽きないものだった。そのむかし、地層が隆起して縦縞になったと聞いて驚いたが、地面をひっくり返すほどのエネルギーが、ひとつのカタチとして目の前にあることは、人を黙らせる。そういう風景だった。

 滞在中、テーブルが隣で食事を共にしたヨーロッパからのご夫婦はオーストラリアに2ヶ月滞在すると言っていて、私の4泊5日に目を剥いていたが、そのときの私にとっては十分。来てみるもんだと思っていた。真っ平らな赤土のさらっとした感触、その美しい赤から生える奇妙な濃い緑の植物、その上を行く乗り慣れないゴツゴツしたラクダの背中、そのうち見えてくる言葉の代わりに描かれた昔々の壁画、そして夜になるとやはり言葉は無力と思うミルキーウェイ(天の川)が堂々と現れる星空。ひとりでは受け止めきれない感動と興奮を持てあましながら、まだ旅の途中で言葉にならない、この「強烈に印象的な色」たちをどうにか持ち帰れないものだろうかと考えていた。強い光のせいもあって、写真ではどうにもすべてが同じように強く写ってしまう。もっと違う。自分の写真技術のなさもあって、ぼーっと右斜め上を見ていた。暑い中、歩き疲れたのだろう。滞在先のホテルに戻り、軽く食事でもしようとレストランに向かった。手前の回廊に並ぶ店のショーウィンドウを、滞在中にまだゆっくり見ていなかったなぁと、ゆっくりした足取りで、何気なく見ながら歩いていたら、あまりの驚きで、一つの小さなガラスの香水瓶が目にとまった。そのガラスの複雑で鮮やかな色が、私の心奪われたウルルの色そのものだったのだ。不思議な気持ちで眺めている私に、お店の方が「こちらはイギリス出身の作家がタスマニアの風景に惹かれて、工房もこちらに構え、こここの風景を形と色にした作品たちなんです」と教えてくれた。やっぱりそういうことかと嬉しくなり、すぐにその香水瓶を包んでもらった。旅の色をした、リチャード・クレメンツの香水瓶。いまだ香水瓶として使ったことはないが、いつでも手の届く場所にある。蓋を開けると、わたしがわたしの中に吸い込んだウルルの色が蘇る、素敵な旅色瓶なのである。

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