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クリス智子 クリス智子
クリス智子

モリオカの山、セザンヌの山

CHRIS TOMOKO

モリオカの山、セザンヌの山

CHRIS TOMOKO

 10月の盛岡は、今年も雄大な景色で迎えてくれた。北上川、中津川が町の中を悠々と流れ、また宮沢賢治も愛した岩手山が遠くにそびえる。歩いていると自然からも人からも、ほどよく放っといてくれるあたたかさを感じる。昨年に続いて開催された「北のクラフトフェア」でのラジオ公開生放送出演のために向かったのだが、少しでも長く滞在したいので、前日に盛岡に入った。10月の忙しさは夏の頃から覚悟していたので、なるべく小刻みに休みを意識しようと思っていたのだが、季節も良く盛岡にいるとなれば、やるべきことは休むことではなく、満喫すること。結局、やらなくてはならないことはちょっと後回しに、初日の夜は、ホテルから徒歩10分ほどの場所にある、気になっていたレストランへ向かった。カウンターで、本とワインと、もちろん食事。時折シェフと言葉を交わしながら、久しぶりの「ひとり」を愉しんだ。旅をしているという実感も湧き、そこからの2日間は予想もしていなかった様々な出会い、再会に恵まれた。

 盛岡から戻った翌朝、私は別の山を眺めていた。フランスのエクス=アン=プロヴァンスにあるセント・ヴィクトワール山。この季節だからか、盛岡の山とセザンヌの描く山、私はとても似たものを感じていた。青みがかった山。東京・京橋にあるアーティゾン美術館にで開催中の、画家・山口晃さんの展覧会。最初に感覚が思いっきりぐらつく部屋を通過した先に、最新作や東京パラリンピックのポスターとその話を受ける受けないの、心の葛藤を漫画風にしてある文字表現、あの緻密で俯瞰的な視点をたっぷり堪能できる。今回は、アーティゾン美術館の企画「ジャムセッション」という展示で(私はこのシリーズがとても好き)アーティストが石橋財団(アーティゾン美術館=旧ブリジストン美術館)の数多ある所蔵作品の中から、とある作家を選び、そのアーティストなりの再解釈の上、作品を発表・展示するというもの。これまでは森村泰昌さんや鴻池朋子さんなどがされている。毎回、アーティストのモノの見方を追従体験させてもらえるので、非常に面白い。山口晃さんはセザンヌと雪舟を選ばれた。どちらも何から何まで違うが、どちらにも山がある。セザンヌの山の描き方の考察が言葉でしっかり綴られているのは圧巻だった。あの青みがかった山の色は実際の景色の写実性に富んでいるいること、同じ色は同じ向きで描かれていること、根底にある色のトーンの合わせ技など、本物のセザンヌの絵の横に、山口さん考察文!そうか、案外、感覚的ではなく、構築されている絵なのか!と、セザンヌの絵に出会い直した感じがした。山口晃さん、先日久しぶりに番組にもお迎えしたのだが、山口さんは多くの私たちの絵の観方は「レストランに行って、メニューを読み、シェフがどう考えてこれを作ったか、などをじっくり読むが、肝心の料理を食べないで帰るようなもの」と表現され、ひやー、なんと勿体無いことを!観るとはどういうことか。ちなみに、今回のタイトルは「ジャム・セッション 石橋財団 × 山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」。サンサシオンは、セザンヌがよく使っていた言葉、フランス語で「感覚」を意味する。観ること、感覚的なことの問いにワクワクしっぱなしだった。山口さん的ユーモアもそこここに。ちなみに、今回は会場内で鉛筆にかぎり、デッサンOK。日本ではあまり美術館でデッサンをしている人を見かけないが(禁止のところが多い)、そこも今回のポイント。自分の手で線を追う、見たものを描いてみることで、迫るわかることのどれだけ多いことか、ぜひやってみて、ということになっている。スマホで撮ってしまうことが多い昨今(今回、会場は撮影OK)ゆっくり一つ一つのモノを見る時間を持つ、人間としての根本的な感覚のはなし。11月19日まで開催です、揺さぶられに、ぜひ。

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