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クリス智子 クリス智子
クリス智子

見慣れない眼鏡

CHRIS TOMOKO

見慣れない眼鏡

CHRIS TOMOKO

 リビングのガラステーブルの上に見慣れない眼鏡が置いてあった。なるほど、最近、眼鏡の度が合わなくなったと家人が呟いていたので、早くも新調しに行ったのか、とそのフットワークの良さに感心した。私はと言えば、何年か前にやっと重い腰を上げ、知人の勧めてくれた自由が丘にある眼鏡屋さんに行き、一週間後に眼鏡を取りに行く予定のはずが、眼鏡屋さんに行ったことで大いに満足し、一週間が過ぎ、一ヶ月が過ぎ... そのうち「店に行けば、私の眼鏡はある」と、ボトルならぬ眼鏡キープといった妙な安心感を胸に抱えたまま、なんと一年が過ぎてしまった。時間で熟成するものでもなし、それどころか一年で視力の変化も大いにあり得るお歳頃。多少、度が変わっていたら私が合わせればいっか、と謎のポジティヴさまでも顔を出していた。実は、一年後にお店に眼鏡を取りに行ったのではなく、電話して着払いで送ってもらった。なぜ、もっと早くにそうしなかったのか...眼鏡をつくる→できましたのご連絡→お客さま(私)来店しての微調整、といった、この最後の「微調整」が欠かせないだろうと思い込みすぎていたのかもしれない。「そんなことなら、送ってもらえば?」と笑う知人の一言で、バツが悪いまま電話をすると「承知しました。では明日発送させていただきます」と軽やかにスムーズな展開を経て、なんと翌日到着。一年のモヤモヤを実にばかばかしく思った。届いた箱は、もはやタイムカプセル化していて「最終的に、あの日の私は、いったいどんなフレームを選んだのか...?」と思いながら開ける。そしてびっくり、あの素敵なお店の雰囲気に呑まれたんだろうなぁ、見慣れない、個性的な眼鏡が出てきた。いつも同じカタチを選びがちだからと思って、それを選んだことをうっすら思い出す。見慣れない、ということは、新しい扉でもあり、とても気に入っている。(ちなみに度数はセーフ。)

 話を冒頭に戻すと、家人は出張中につき、新しい眼鏡のことは急いでLINE で聞くことでもないと思った私は、いつも届いた封書やちょっとしたメモ、輪ゴムやペンなどを入れておく、キッチンの「なんでも引き出し」に一旦しまった。しまった直後にLINEの受信音が鳴ったので、携帯を見ると「おはようございます。つかぬ事を伺いますが、どこかに眼鏡を忘れていなかったでしょうか?」と、数日前に我が家に来てくれたカメラマンの友人からのメッセージ。...言われてみれば、この眼鏡のカタチ!我が家での撮影仕事のあと、朝に庭で採った筍と海苔のパスタ、ワイン片手に一呼吸置いたときに、眼鏡も置いて忘れて帰ってしまったらしい。偶然にも、いつも眼鏡がなんとなく置かれてある位置にあったので、てっきり家のものだと思ってしまった。慌てて引き出しから取り出し、捨てられずに貯めている好きな空き箱の棚からサイズの合いそうなものを探す。これだ、これだ、頂き物の栗きんとんが入っていた細長い箱。おいしかったなぁ...食いしん坊仲間でもある友人だし、そこもちょうど良いとにんまり思いながら、さっそく梱包。もちろん、こちらは一年寝かせず発送。それにしても、見れば見るほど佇まいのよい眼鏡である。まさにその人のようだなぁと思った。

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