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クリス智子 クリス智子
クリス智子

OZU

CHRIS TOMOKO

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CHRIS TOMOKO

‌‌  この2週間ほど寝ても覚めても小津安二郎監督の映画を観ていた。電車の移動中も料理中のキッチンでも、寝不足すら清々しく感じる秋の小津祭り。口調も主役の女優さん風になりがちだったり、スタッフの言う"Oz Magazine"は”小津マガジン”、息子が話す「オズの魔法使い」はもちろん「小津の魔法使い」に瞬時に変換されるまでになってしまった!映画監督は、どんな人もちょっとした魔法使いなのかもしれない。小津安二郎生誕120年。その記念企画”SHOULDER OF GIANTS ”。開催中の東京国際映画祭で小津監督作品の上映が続き、また私も関わるJ-WAVE特別番組の制作あり、そのためのシンポジウム、トークショー、番組公開収録という諸々が行われた。「東京物語」などの代表作はなんとなく知っていたが、この機会にちゃんと観たい、いや観るために関わらせ頂こうと思ったのだ。(自分で時間を作って、となるとなかなか出来ないのに、仕事や締め切りなると全力を注ぐ性格を自ら利用) 

 シンポジウムでは、日本から黒沢清監督、中国からはジャ・ジャンクー監督、アメリカからはケリー・ライカート監督が登壇、それぞれを小津作品に対する思いを語った。お話は尽きず、後ろ髪を引かれながら終了した一時間だったが、黒沢監督は「宗方姉妹」、ジャ監督は「晩春」、ライカート監督は「東京物語」と「彼岸花」を選び、その作品から小津監督の全体に触れるものだった。いずれも戦後の日本、社会が著しく変化していった1950年代前後の作品で、三者三様、三作三様。小津作品をよくご存知の方には、そうだよ、という話で恐縮だが、私はこのタイミングでやっと「出逢えた」気がして嬉しい。ストリーミングサービスさながら、8作ほど間髪入れずに観つづけるうち、作品の見方や感じ方が変わっていった。専門的な目で見ているわけでなし、公開当時を知る由もなし、ただ見ていくうちに日常の可笑しみにくすぐられはじめ、やめられなくなってしまったのだ。

 「宗方姉妹」は、ぼんやりと小津作品に対して持っていた落ち着いた空気感とは違って、姉妹の価値観の相違‌‌を軸に、テキパキ進んでいく感じが新鮮で、わかりやすく姉は着物、妹は洋服、姉は古いしきたりを重んじ、妹は「古い!」「嫌い!」「愛人はないの?」とはっきりした性格だけれど、ペロッと舌を出すと嫌な感じがしない高峰秀子さん。昨今の映画では観たことない。(名女優、と聞いていた理由が、具体化すること色々あり)そこに、「あなたの言う”新しい”ってなに?」なんて、静か目なお姉さんが攻め寄る会話も、現代にも通ずる言葉。言葉が過剰に削ぎ落とされているようで、押しは強かったりして。

「晩春」は、自分の気持ちより「人を想う」ってどういうことなのか、素敵な描き方だなぁと観ていた。映画の冒頭に、私も毎日通る「北鎌倉駅」が映し出され、作品が撮られた昭和24年(1949年)から74年後の今と、屋根の長さが長くなって自動改札になった程度の変化で、雰囲気そのままが嬉しかった。そういう場所を、あえて撮っていらしたのではなかろうか。

 小津監督を敬愛するヴィム・ヴェンダース監督の最新作「PERFECT DAYS」でヴェンダース監督と共同脚本を書いたクリエイティヴ・ディレクターの高崎卓馬さんが「小津安二郎監督作品は、ありがたかって観てしまいがちだが、とても変わった人、面白い人だと思うので、 面白がるとすごくいいかも」と。さらに、「油断しているとつまらないんです。でも理解しながら観るとめちゃくちゃ面白いんですよ。」とも。そして、その通りだった。ぜひ、まだ未体験の方は試してみて欲しい。

 ‌‌‌‌‌‌‌‌「巨匠」や「流行」は、見えない誰かの(社会の)意図を強く感じるキャッチというか、誰かが出した結果ゆえ、いまいち実態を掴みにくく、どうも苦手だ。自分が出逢う第一印象を恐ろしく削がれる可能性がある。ビートルズもウォーホルも小津安二郎も。‌‌‌‌天邪鬼な性格も多分に影響していると思うが、「初めまして」から、互いの時間の中で出逢っていく、ということが許されないものに対しては、返って近づくのに時間がかかる。損をしているっと思う方もあるかもしれないが、私はいたって損とは思っていない。いつか洋服屋さんで、店に入ってまだ30秒というころ、店員さんが私に急ぎ駆け寄り、私の様子も見ないままに「こちら最近、雑誌に載ってすごく人気なんです」「ドラマで〇〇さんが着ていたもので、たった今、1点再入荷したところなんです」と、さもとても素敵なことを言っている、という雰囲気で話しかけてきた。そう言う文句にささる人が多いのか、そう言っておけば良いというマニュアルでもあるのだろうか....店員さんには申し訳ないが、私は引いてしまい、がっかりした気持ちで洋服どころじゃなくなり、静かに店を後にする。昨今の「こちらを買った方は、こんなものもご購入されました」といったリサーチ結果を一方的に示されるのも、別にありがたくない。出逢い方の美しい時間を、無神経に奪っているように感じてしまう。その分、友人や知人、自分を思って勧めてくださる物には、本当に出逢いに行きたいと思うし、私も、そういう気持ちを大事にしたいと思っている。

 つまりは「出逢う」という体験は誰にとっても「とっておきのもの」であってほしいと思っているものだから、私も仕事で、人、作品、場所、物事をご紹介させて頂くことが多い中、一番気を遣っているのは、どれだけ情報を伝えるかより、出逢い方を邪魔しないだろうか、ということ。さらに、この言葉を使ったら、もしかしたら興味を持たれる方があるんじゃないか、そういうことに、何よりも時間を割いて考える。駆け抜けてきた2023年10月、そこには小津監督作品がそばにあり、この出逢えた喜びは、わたしだけのものである。鎌倉にゆかりのある小津さん、お墓のある北鎌倉・円覚寺を近く訪れてみようと思う。

*J-WAVE SPECIAL " SHOULDERS OF GIANTS"  11/3(祝) 18:00〜21:55

充実の内容になると思います。ぜひお聴きください!

*「PERFECT DAYS」(ヴィム・ヴェンダース監督)12/22全国公開

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