カバー画像
クリス智子 クリス智子
クリス智子

回復するちから

CHRIS TOMOKO

回復するちから

CHRIS TOMOKO

 平日の月曜〜木曜午後に担当しているラジオ番組、J-WAVE ”GOOD NEIGHBORS ” では毎月最終木曜日に"BOOK NEIGHBORS "として、3時間「本」をテーマに番組を進める日を設けている。数年前に、リスナーの皆さんと本の相性の良さを感じたことがきっかけで、もしかしたら本の話を、まとめてやる日を作るのもいいかもしれないと思ったのだ。ユニークな本屋さんや図書館などの取り組みのご紹介や、リスナーの皆さんからは、毎回のお題に則した本のメッセージを頂く。音楽が聴こえる本、北の風景や暮らしを感じる本、家族を思う本、ジャケ買いした本などなど。自分がなぜ、その本を手にしたのか、何にグッときて覚えているのか、本の話をしながら、自分の心にも今一度触れる機会のように思う。そして、それをどう他の人に伝えようかと考えながら書いてくださるリスナーの皆さんのメッセージには毎回感心しながら読ませていただいている。そして放送後は、もれなく数冊購入しているのだ。

 つい先週のテーマは「興味を深めるために読んでいる本」。趣味、仕事、動物、語学、さまざまな分野を深める本のお話が届いた。私も毎回テーマに合わせて本を選び、番組プレゼントにさせて頂いているのだが、今回は「庭仕事の真髄 -老い・病・トラウマ・孤独を癒やす」という本を選んだ。精神科医のスー・スチュワート・スミスという方が書いた本で、ご主人は世界的に有名なガーデンデザイナー。ご本人たちの庭づくりの奮闘をはじめ自身の話も交えつつ、さまざまな事例を取り上げ、専門家の視点で、庭(植物や土)と人間の関係性を綴っている。いかに人間の精神を健やかに保つのに植物との生活や時間が大切か。人類初のガーデニングや古代に狩猟生活なら庭は生まれなかった話、戦争から戻った兵士のメンタルダメージが庭でいかに取り戻されていったか、刑務所や病院での庭の意味、都市農園、ニューヨークでのグリーン・ゲリラの活動などなど。なかなかのボリュームである。

私がこの本を手にしたのは、庭づくりをはじめているので興味があるということもあると思うが、実は子供の頃の読書体験で好きだった本を聞かれると必ず挙げる「マンディ」(ジュリー・アンドリュース著)という本も、空き家を見つけた少女がその庭を自分だけの楽しみとして毎日少しずつ作っていく話なので、昔から、庭や植物と自分の世界、静かなやりとりは好きだったのかもしれない。庭でなくても、裏山や学校の帰り道の自然でも、心のささくれをとったり、想像力の中に遊んだり、自己調整をしていたのだろう。この本は、装丁の雰囲気と原題の「The Well Gardened Mind-The Rediscovering Nature in the Modern World」に惹かれて何気なく手にしたのだが、そんな自分の幼少期に思いが飛んだり、今の自分が大事にしていることの再確認もできた。「人間は感覚を通して愛着を得ていく生き物」というくだりがあるのだが、端的に言うと、現代社会は、機能的でなんでも提供してくれるが、多くの場合は、人間を”回復”させる力はない、とある。人は喪失して(庭の場合は季節ごとに)こそ、生む力が引き出され、修繕と回復されていくと。修繕することが、人間の感情に与える意味の大きさは興味深かった。(これは、庭でなくても良いはず)

 微々たることかもしれないが、日頃、番組でも、まさに、個々の元気や調子を回復させるもの、生命に水を注ぐものに、私の焦点はある。新しい情報をどんどん出して話題にするというのとは違って(それはそれで良いのだが)、自分たちの生きる力になることってなんだろうと考えている。そんなに仰々しいものでもないが、取り上げる話題や伝え方、興味を持つ事柄、お話を伺う方との会話、どの基準もそこにある。笑いあり、考え込むことあり、答えはない中に、繰り返しの中に、回復力は身につくように思うからだ。「庭仕事の真髄」という本で、私自身は、庭と仕事の真髄が繋がって、なんとも嬉しかった。読書はたのしい。また時を置いて、開く本になるだろう。

シェア twitter/ facebook/ リンクをコピー